正直言って金融危機についてのニュースはもう見飽きました。そしてちょうど同情もなくなったその時に自分の周りの友人や家族そして私にも不況の波が押し寄せてきました。しかし最も不満なことは、被害者のほとんどは善良な一般市民であるということです。なぜ私達が経済危機を起こした欲に目がくらんだ悪人のために責任を払わないといけないのでしょうか。私達のすべきことは、責任者を見つけ出し、その人の財産をすべて没収し、被害者に分け与えることです。そして念のために顔面にパイを投げつけることもよいでしょう。

 

しかし、このように仕返しをしたいという怒りが薄れた後には、それが憂慮という気持ちに取って代わります。だいたい誰が過去の不況がそうだったように、今回もまた景気が回復すると保証できるのでしょうか?人々は皆この必ず回復するという社会通念に期待しすぎています。もしこの考えが間違いだとしたらどうでしょうか?もし今回の経済衰退が通常の経済サイクルによるものではないとしたら?もし必要な対策がいままでとは全く違うタイプのものだとしたら?

 

実際に多くの専門家が今回の金融危機は今までとは異なると発言しています。今回のは世界規模であると言っています。しかし彼らは世界規模であると発言しつつ、局地的な対策をすぐに探そうとするのです!現在の最も著名で優秀の経済学者たちは皆、世界経済が相互的につながっているという事実を軽んじていたと打ち明けています。肝臓が機能しなくなれば身体が死んでしまうといった、部分が全体を崩壊させるという予測ができなかったのです。これこそが金融危機が不意に起きたことの理由です。今になってそのことを知ったのです。

 

ではなぜ各国は自国の利益のことだけを考えているようなイニシアチブ(関税やバイアメリカンといった保護主義的政策)を未だに押進めようとしているのでしょうか?私達は互いに依存し合って暮らしているということから、すべての人々を救済することでしかこの危機を脱することは出来ないと、なぜ誰もこんな明白なことが分からないのでしょうか?

 

カバラによると、なぜ私達がそのような対策を避けるのかということの理由は、人間の性質に在るといいます。人間の生まれもった利己的な性質です。自己中心的な存在は、当然、最小限の努力で最大限の利益を得ようとするものです。よってすべての人々を救済するといった対策は受け入れられることはありません。これがなぜ経済学者がいつまでも時代遅れの世界観を捨てることを拒みつづけ、問題が発生し続けているのかということの理由です。

 

またそれはなぜ彼らが今回の危機が通常のものとは違うという事実を理解できないのかということの理由でもあります。現在の金融危機は1929年の大恐慌とまったく違うのです。今回の危機は私達を新しいグローバル時代に先導しています。そこで暮らすためには、人間社会の全員が細胞のように社会全体の利益を考えないといけないのです。そのような社会で自分のことだけを考えて行動することは、全社会にとって不利益なものになります。それはちょうど癌細胞と同じです。そのような人は私達全員を苦しませることになるのです。世界市場の崩壊は説得力のあるその一例です。

 

では、どうすれば私達の自己中心的な行為を変えることが出来るのでしょうか?ここで役に立つのがカバラの知恵なのです。

 

カバリストは、完全に統合されたシステムの持続を約束する原理が自然法則にあると説明します。その法則によると、システムの各部はシステム全体の安寧(幸福・福利)のために働くのに必要な量だけを摂取するということです。いまやグローバリゼーションにより世界が統合されたシステムになったという理由から、私達はこの法則をどのように守っていくのか習得しなくてはなりません。そして自然の如何なるシステムと同じように、そうすることで私達の社会の安寧が保証されるのです。

 

よってこの危機から抜け出すのにまず最初に必要なことは、私達の世界観を大きく向上させることです。実際どのくらい密接に私達がお互いにつながっていて、私達一人一人の行動がどのくらい他者そして自分の暮らしに影響を及ぼすのかという責任を学ばなくてはなりません。単に社会システムや経済システムの視点からだけでなく、私達の考え方、願望(欲望・欲求・野心)、そして意図における相互関係と相互責任を自覚しなければなりません。

 

そうすれば、全世界がひとつの大きな家族であることを実感できるようになるでしょう。それはすべてのひとが自分のことだけではなくお互いに配慮し合うことです。いったん私達の考え方が変化しはじめれば、私達は自然法則と調和し、金融危機だけでなく、他の問題もすべてすぐに消えて無くなるでしょう。

 

Last Updated (Wednesday, 04 July 2012 14:18)